春の団子
いつもは自分も妻も自宅から車で1時間ほどの距離に通勤しているのだが、今日はお互い自宅近くの仕事があり、いつもより早い帰宅。
心なしかいつもよりテンションが少し高い妻が、今日買ってきた惣菜や食材の「スーパーで見た出来事」をノンストップで話しながら、手際良く冷蔵庫へ収納する。
私は昨日の残りを冷蔵庫から出し、ラップがかかっている皿を片っ端から電子レンジにかけて夕食の準備に取り掛かった。
「餃子焼いてちょうだい」と妻が、並べて焼くだけのチルド餃子を差し出した。
「うむ」とうなずき、袋の裏面に記載されている作り方を見ながら、餃子をフライパンに並べる。油も水も入らず、6分たてば羽つき餃子ができるらしい。
科学の進歩がこういうところで発揮されると、とても嬉しい。
21世紀万歳。2021年万歳。
餃子も焼け、温め直しも完了し、さあ食うぞと思った時、ふと留守だと思っていた息子が部屋にいるのではとピンとくる。
息子の部屋に行くと案の定、真っ暗い部屋のなか丁度いま起きた顔でベッドに座っていた。
メシの準備が出来とるぞと伝え、三人でわしゃわしゃと飯を食う。
夕食を食い終わり、いつものリビングにある私専用の椅子に座り、なにか甘いものはと探していたところ妻が「お茶菓子あるよ、食べる?」と言って、白い箱を私に差し出した。
妻は茶道、華道、書道、テニス、ジム、ゴルフをたしなむバイタリティあふれる人間で、仕事も常にトップセールスを記録しているスーパー人間だ。
結婚した時は、なんでコイツが旦那に選ばれたのかとよく言われた。
習い事のなかでも茶道は数十年習っていて、いまでも週1でお稽古に通っている。ここにあるお茶菓子も昨日のお茶会で余ったものを貰ってきたものだという。
お茶菓子は2つの団子が竹串に刺さり先端が抹茶色、二番目が桜色の団子になっていて透明な葛のようなもので団子がコーティングされているため見た目のツルツル感が高級感を漂わせている。
団子は3本あって、そのうち1本を取り出し早速、抹茶色の団子を一口で頬張った。
「うん。うまい」
甘さ控え目で食後にちょうど良い。間髪入れず桜色の団子も一口で食べ、高級和菓子が合計二口で竹串だけの哀れな姿になった。
「お茶ではこのようにして食べるのだ」と妻は、団子に刺さっている竹串を引っこ抜くと、抜いた竹串で抹茶色の団子を半分に切り、半分になった団子を口にいれた。
「お茶というのは、なかなかじれったいものだ」と私は言った。
息子が団子は食わんと言って自分の部屋に閉じこもったので、団子が1本残ったままになった。
妻がめずらしく食べても良いと言ってくれたが、もう1本甘いものを夜に食べるのは、どうにも気が引けて、後ほど半分づつ食べようと提案した。
妻は団子が1本入っている箱の蓋を丁寧にしめると、しばらくTVを見ていたが気になるのか、3分後には蓋をあけ、残っていた団子を手に取った。
私が手元にあるスマホをいじっくっていると、妻が「はい、どうぞ」と言って団子を差し出した。
団子は竹串に刺さったまま、抹茶と桜の団子が半分づつの状態になって絶妙のバランスで串にぶら下がっていた。
半分といったので、てっきり団子を1個づつ食べると思っていた私は、まさか半分の団子が2個という予想外の出来事に思わず唸った。
「このような展開は予想もしていなかった」と私は感嘆の声をあげた。
「え?半分って、こういうことではないの?」
「これこそ神業だ。巷で出ている衝撃映像だ」
「これ以外思いつかなかった」と妻は大笑いし、飲んでいたジャスミン茶のペットボトルを「ん?」と差し出した。
「うむ」と私は中身が少ししか入っていないペットボトルを受け取り、お茶を飲み干した。
飲んでいる姿を妻がずっと見ている気配を感じたが、それに気づかないふりをして飲んだ後、またスマホをいじった。
妻はそれからは何も言わず、いつものようにソファで横になりながらTVをみていた。
これから、あとどれくらいこんな時間が続くのだろう。
妻はあの時、何を思ったのだろう。