がんになって日日是好日となるか

肺がんステージ3を宣告され、治療を続けるアラフィフの日常

時空を超える旅にようこそ

私の妻はTVっ子で、仕事のストレスはドラマで発散。
連日録画録画で我が家のハードディスクはブラック企業ばりにフル稼働です。

我が家に来たばっかりに、こんな扱いをうけて。機械たちよ、ご愁傷様です。

仕事から帰ったらポチッとTVを点け、朝起きたらポチッと点け、家にいる間は常にTVがついています。

録り溜めたドラマを見返すのも、彼女にとってはなかなか大変な作業。
早朝5時から我が家では、やれ殺人だ。やれ不倫だ。やれ犯人は誰だと朝から物騒な単語が飛び交います。

早朝からサスペンス物を観るメンタルもすごいですが、いかんせんどんどん観ないと、どんどん溜まるので、早送り1.3倍速で観ていきます。

聞き取れるセリフ回しギリギリのスピードではありますが、これで今流行りの時短効果を狙うわけです。

ただし俳優さんによっては早口の方もいて、肝心なポイントのところを聞き逃したり、ストーリーにつけていけなくなることも、しばしばです。

なのでセリフの多いドラマとなると必然的に早口となり、巻戻しの回数も増えていきます。
1.3倍速で見ても巻き戻しの連続で、結局普通に観ても時間が変わらなかったりしながらも出てくる出てくるドラマたちをバッサバッサとなぎ倒していきます。


春・秋の番組改編時期では新しいドラマを全て録画して、ソファにドカッと座り

「さあ、私を楽しませてみなさい」と言いながら、チェックを始めます。

私も気になるドラマがあると一緒に観るのですが、妻は基本、食後にソファで横になりながら観ているので大抵はドラマの途中で寝落ちします。

ある日の夕食後。

「これ評判いいらしいんだよねー」と言いつつも、この日も録画をしたドラマを再生。
私も興味があったので隣でお茶を飲みながら一緒に視聴。

開始15分。ちょうど最初の殺人事件が起きたところで、妻が白目をむき始めます。


ああ、妻がゾンビになっていく。


TVでは殺人事件、家ではゾンビ。今日も物騒な世の中です。

その5分後、完全に寝息を立てはじめた妻を横目に、私はTVに釘付けに。
なかなか目の離せない展開が続き、さあお前が犯人だ!と物語もクライマックスに入った時、妻はムクっと起き上がり、TVをチラッと見て言うのです。

「この人だれ?」

いま映っている人は最初の殺人事件の容疑者。彼女が寝入ったあとに出てきた人物です。
当然彼女が知る由もない人物です。
眠りから覚めた我が家のゾンビはしばらく物語を把握しようと努めますが、さっぱり意味がわからない顔をしています。

当たり前です。彼女が寝入ったあとに出てきた人物達が、いまや主要メンバーであれやこれやしてんですから。

ストーリーをどこまで説明すればいいのか言い淀んでいると、彼女は無言でリモコンを操作し自分が寝入ったところまで巻き戻しを始めます。

つい1分前に殺人事件の犯人が分かるはずだったのに、いま私の目の前に繰り広げられているのは最初の殺人が起きた日の場面が映し出されています。


今日も私はタイムトラベルを目撃してしまいました。

目の前で繰り返される既視感。
なんならセリフまで予言できちゃうくらいの、デジャブ。
あれー、連続殺人だったのに、まだ一人目。
あれー、さっき刺されてたのに元気にカツ丼食べてる。

つい数分前には親しげに話をしていた人物たち。
「なんでも相談しろよ。昔からの付き合いだろう」と数分前に言っていたはずなのに、いま目の前では「はじめまして」と挨拶をしています。

親しい関係になるまでの年月を一瞬で覆す暴挙。
恐るべしリモコン独裁政治。
問答無用のバックトゥザ・フューチャー。
この家ではリモコンを持っている人間が絶対的な権力を持つのです。

目の前ではさっきまで観ていた場面がもう1度繰り広げられています。
頭の中では犯人はだれだ?と先が見たくて見たくてしょうがないのですが、しかたがないので先ほどのクライマックスの場面になるまでひたすら待ちます。

1度人間に戻った妻も、また横になりつつ時々ビクッとしながら、ゾンビ→人間→ゾンビ→人間を繰り返しながら、かろうじて画面を観ているようです。

誰だ?犯人。
頑張れ、ゾンビ。

それで2回目の、さあ、お前が犯人だ!という場面になり、やっと追いついたと思いきや、いつのまにか寝ていた妻はまたムクッと起き上がり巻き戻しを始めます。


なんでいつもこのタイミングで起きるのでしょう。

なんでいつも巻き戻しをして寝るのでしょう。


もはや1時間ドラマが3時間の年末特別ドラマばりの長尺です。
さすがにこちらも、もう犯人の正体はどうでもよくなり若干の消化不良を起こしつつも、「先に寝る」と寝床の準備を始めるのです。
今回も私の中では、犯人はわからず迷宮入りの事件になりました。


これが毎日続くので、ただでさえ仕事帰りで疲れているのにご飯食べて横になるわけですから寝るのが当たり前でしょと妻に言った事があります。

妻は「私を寝させないほどの、おもしろいドラマを作ってもらわないと」と
どっかのメディア王ばりの理論でムチャクチャな事を言い出します。


この方は日本ドラマ界の重鎮なんでしょうか。

権威ある放送なんとか協会の会長なんでしょうか。


今日も一緒にドラマを観てましたがリモコン片手に妻が寝落ちしています。
ドラマは一番いいところでCMにはいっています。
早く続きがみたいので早送りをしようと、妻が持ったまま寝ているリモコンにかすかに触れただけで、妻はビクッと飛び起きました。

もはやリモコンを守る古代の守護神。
ビリビリ棒ばりのやっちゃった感です。
たかだかリモコンを触るのに爆弾処理班ばりの繊細さを要求されます。


妻は「びっくりさせないでよー。もー」と言いつつ
「寝てないから」とブツブツぼやきながら、巻き戻しのボタンを押すのでした。