がんになって日日是好日となるか

肺がんステージ3を宣告され、治療を続けるアラフィフの日常

私が生きている訳

女性の年齢は手に現れると、なにかで見たことがある。

うちの妻もハンドクリームを欠かさない。
「保湿、保湿」といいながら、水仕事のあとは手に何かを擦り込んでいる光景はいつものことだ。
だからという訳ではないが、うちの洗い物は基本的に私がやっている。今時、珍しい事でもない。
洗い物に特別なスキルは必要ないので、ちゃんと洗う、ちゃんと泡をすすぐ、ちゃんと食器を扱うだけを気をつければ、合格点がもらえる簡単な家事だ。

かのアマゾン社ジェフ・ベゾス社長も洗い物担当らしく「洗い物はもっともセクシーな行動だ」と言っていた。
その意味は凡人の私にはまったく意味不明だが、家族の役には立っていると思った。
最初の若い頃は妻が料理を作り、食器も洗ってくれていたが、何もしない罪悪感もあり妻が料理を作り、私が出来そうな家事という事でいまの食器洗いフォーメーションが出来上がった。


最近は妻も仕事が忙しくなり、料理も食器洗いも私がやることが多くなった。食器洗いも手早くなった。洗う事で妻の役に立っている感じが好きになった。

こうやって食器を洗える時は洗っていこう。LOVEをばらまいていこう。

そして、いつの日か私がいなくなって、妻が自分の手を見た時に、ちょっとでも私が洗っていたことを思い出してくれたら。ほかの同年代の女性よりも保湿されている手の理由を感じてもらえたら。

そのときこそ、私の存在価値があったというものだ。