がんになって日日是好日となるか

肺がんステージ3を宣告され、治療を続けるアラフィフの日常

おでん君とはしばらく会えない

 

 

月曜日の朝。

 

 

夫婦共々、出勤準備中のバタバタ時に妻が聞いてきます。

 

「今日の晩御飯は何がいい?」

 

きた。

今日の晩メシ献立問題。

 

これが食べたいと常日頃言い切れるぐらいに決断力と食にかける情熱があれば即答したいところではありますが、歳を重ねるとともに胃腸も弱くなり、抗がん剤治療の食事の匂いでKOされた絶食を経験し、質素な食事でも美味しく食べれれば何でも最高!という悟りに開眼した私は、ぶっちゃけ白飯と納豆と味噌汁のみと言われても大満足!で受け入れてしまうほどになったので、いつもこの手の質問は「んー」と考えるフリをして誤魔化していたのでした。

 

妻は「今日は仕事が早く終わるから、私が作っておくよ」とやる気満々ですが、大概仕事が長引き、お惣菜や冷食のお世話になるのが常なので、手間がかかる料理をリクエストをするのはNGだということは、こちとら長い夫婦生活で培った知恵で百も承知です。

 

しかし。

 

具体的な料理名を出して欲しいことは、料理を作るサイドでは必要な情報だということも重々承知。実は、前の晩から私は風呂に入りながらこの質問を出された場合のアンサーを考えていたのです。まさにリスクヘッジ。家庭内ヒヤリハット対策。我ながら冴えてるぅ!

 

というわけで、

その料理名とは、ズバリ!

 

 

おでん!!

 

 

寒いしねー!

季節になったしねー!!

スーパーでおでんタネ売ってるしー!

ブルボン菓子ばりに、代表具材を集めたおでんアソート的に売ってるしー!

なんなら最悪、コンビニのおでんでも全然OKだしー!

頑張ってイチから作んなくてもいいから!!

 

どーです?

この絶妙な手抜きルートを選択できる柔軟性のあるメニュー。

個人的にはおでんというのはお酒のアテ的で、ご飯のおかずとしてはいささか抵抗がありますが、この際目を瞑るしかありません。

 

妻は「急に寒くなったしねー、いいねー」とノってきました。

しめしめ。

作戦成功です。

 

 

その晩。

私が帰ると、先に帰っていた妻が相変わらず狭い家をバタバタ走りながら夕食の準備をしています。どうやら私の予想通り、仕事が長引いていたようでした。

 

「ただいまー」と私。

「おかえりー、大根まだ味染みてないかもー」と妻。

「でもお米の研ぎ汁で、ちゃんと煮たから」と自慢げです。

 

ん?

イチから作ったのか?

あらあら、ありがとうございますとキッチンを覗くと、でーっかい鍋に溢れんばかりのおでんが煮込まれています。

あれれ、私と妻しかいないのに、具材のボリュームが相撲部屋のちゃんこ鍋みたいよ。

 

 

「張り切ったねー」とあまりの量に感想を述べる私。

「作りすぎちゃったかも〜」と妻。

まあまあ、お料理作っていただけただけで、ありがたい。

美味しくいただくこととしましょうと、デカい鍋を前にムシャムシャ食べてると、

 

「前にも言ったけど、私、週末から3日間、お茶の先生たちと大会で遠征だからね」

と妻。

そうなのだ。週末から3日間。妻はいない。

自由。フリーダム。解放万歳。

どんなジャンキーなものでも、高級なものでも、好きなものが食べれる夢のような3デイズ。

この日を逃す手はありません。

溢れ出すウキウキ感とニヤける口元を必死に抑え「気をつけて行ってきてね」と伝えます。

 

 

「あと、私、明日会合があるんで夜遅くなります」と妻がまさかのカミングアウト。

 

え?

明日、私ひとりでこれ食べるんですか?

ってーか、明日でも絶対食べきれない。

現に今食べてても、おでんの量が一切変わってないくらいのビジュアル。

夢の3日間をおでん一色のおでん星人で過ごしたくない。

 

「明後日は私休みだから、昼夜食べるから」と妻。

 

「んー、そうだねぇ。さすがにこの量は私一人だと食べきれないからねぇ」と口ごもりつつ、おでんでお腹いっぱいになった腹をさすりながら、月曜日の晩御飯は終了です。

 

 

次の日の火曜日。

妻は会合でどこかのお店で高級和食。

私が自宅で2日目に突入したおでんをハフハフ食べていると、妻からスマホ

「お寿司に天ぷらでお腹いっぱい!これから秋限定のデザートだってー!」とメッセージ。

思わず目の前にあった煮卵に箸をブスっと刺してしまう。

ごめんなさい、おでん君。

 

 

水曜日。

仕事から帰ってくると自宅が真っ暗。

嫌な予感。

 

私が帰ってほどなく妻も帰宅し、家に入るなり

「いやーお客さんにランチとお茶に誘われてー。話し込んだら遅くなっちゃった」と告白。

恐る恐るキッチンを覗くと、存在感たっぷりのおでん鍋が鎮座しています。

 

見慣れたおでん鍋から私がおでんをすくう様は、もはや手慣れたもんで「よう、毎度」って言われるくらいの常連ぷりも醸し出してます。

おでんの薬味をからしから柚子胡椒に変えてみたりと味変をしながら、なんとかおでん3日目終了。

しかし、相変わらず、おでんの量はまだ半分くらいは残っています。

 

「おでんも流石に飽きてきたでしょ。具材でカレーにすると美味しいんだって。明日作ってみるから」と妻。

 

カレー味のおでん。

んー食べたことないけど、なんとなくアリだと思う。

「とりあえず、味変を希望します」と最低限のリクエストを言う。

ここから私の長きに渡る闘いっぷりをご報告したいと思う。

 

木曜日。

おでんの残りにカレールーをぶち込んだおでんカレー登場。

味は蕎麦屋さんのカレーうどんみたい。

お出汁の味とカレーがマッチして美味しいけど、おでんはおでん。

具材は度重なる煮込みで、もはや離乳食ばりにトロトロ。

 

歯ごたえが欲しい。食感が欲しい。

 

おでんの量はカレーになったことで減る量のペースがダウン。

どうしてもご飯にかけるので、全体的なボリュームでおでんの量が減らない。

 

金曜日。

おでん5日目(カレーおでん2日目)。

私の仕事が忙しく、まさかの昼飯抜き。

会社で出される昼飯の弁当を持って帰ることに。

今日の妻がどれくらいカレーを食べれるかどうかで私の週末が決まる。

頼む。頼むからとおでん鍋を覗く。

本当におでんカレー食ったの?ってくらい、昨日と量が減っていない。

妻が食後にお菓子をポリポリ食べる姿に、余裕があるならおでんカレーを食えと心で叫ぶ。

 

目測であと2食分。

とりあえず3デイズのうち、おでんカレーは登板決定。凹む。

さすがに5日目となると、傷んでくるんじゃねーのと食中毒の心配をするが、カレーの匂いで判読不可能。

 

土曜日。休日。

おでん6日目(カレーおでん3日目)。

旅行先の奈良にいる妻から「お昼は蕎麦懐石です!」と写真付きメッセージを受信。

「うちのおでん君たちは、カレー風呂を満喫中です!身も心もフニャフニャです!」という写真付きメッセージを返信しようとして、直前でやめる。

 

晩飯におでんカレー

あと1食分。ゴールが見えた。やり切りたい。

 

日曜日。休日。

おでん7日目(カレーおでん4日目)。

好きなものを食べたく、お昼にカレーおでんをうどんに投入し、おでんカレーうどんという長い名前のメニューを作成。

 

そして、おでんカレーコンプリート。

空っぽになった鍋を洗いながら、涙ぐむ。

その日の夜は、スーパーの特売で買ったお刺身を満喫。美味しい。

 

月曜日。

がん定期検診。

採血とレントゲン。特に異常なし。

ドクターに体重維持を言われる。

おでんカレーの影響は定かではない。

 

火曜日。

旅行から帰ってきた妻から蕎麦懐石を食べながら「今頃うちの旦那、作りすぎたおでんカレー食べてる」とトピックを提供し、場が盛り上がった報告を受ける。

 

妻におでんとカレーはしばらく登板停止を命じました。